スナップアップ投資顧問の推奨銘柄:過去の事例【ソフトウエア開発株】

■ CIJ(2020年10月推奨)

業種 ICTシステム、ソフトウエア開発、ソリューション
推奨時点の株価
(推奨日の始値)
841円
(2020年10月27日)
※PER:26.53倍
推奨後の高値 1,055円
(2020年11月12日)
※PER:30.12倍
上昇倍率 1.2倍
現在の株価 こちら→
市場 東証1部
(2001年1月、ジャスダック上場)


CIJとは

CIJは、独立系ソフトウエア開発会社だ。日本のコンピューターソフト業界の草分けであり、老舗である。NTTデータを最大の顧客としている。過去には、NTTデータから社長を迎え入れていた。しかし、現在の社長はプロパーである。

NTTデータに次ぐ取引先は、日立製作所グループだ。この上位2社で売上高の4割を占める。

金融、情報、電機、通信など向けのシステムが主力。 官公庁の大型システムや金融機関のオンラインシステムなどを手掛けた実績がある。 また、「契約書管理システム」などの自社製品の開発を行い、エンドユーザーからも直接仕事を請ける。介護施設向けのソフトも強い。

本社は横浜

本社は横浜市の横浜駅近く。近くといっても、JR横浜駅東口から徒歩8分かかる。「高島町駅」や「新高島駅」のほうが近い。北海道、東京、愛知、大阪、福岡に拠点を構え、全国展開している。

CIJネクストなどの有力子会社

CIJネクスト(東京)などの有力子会社をグループ内に抱えている。買収によって多数の中堅ソフト会社やシステム会社を買収してきた。それらを整理・統合し、CIJネクストとした。 ビジネスソフトサービス(千葉)やカスタネット(福岡)も、主要グループ企業として活動している。

創業の歴史

米国ソフト会社の日本法人として発足

1966年、米国のコンピュータソフト開発会社コム・スチュート(Com-Stute)の現地法人として設立された。米国本社の日本支社という位置づけだった。米コム・スチュートは、コンパイラ開発のエキスパート集団として名を轟かせていた。

設立10年後の1976年に、米コム・スチュートから分離・独立した。この際、社名を日本コンピュータ研究所と名乗るようになった。

メインフレームから脱却

独立当初は、日立製作所グループの大型汎用コンピューター(メーンフレーム)関連のソフトウェア開発を主業務としていた。OS(基本ソフト)開発にも携わった。 その後、コンピューター産業に「ダウンサイジング」の波が押し寄せ、メインフレームは廃れた。 それを機に、NTTデータ通信などの情報関連市場へと基幹事業を転換させた。 1991年、NTTデータのビジネスパートナーに選定された。

バブル崩壊後の1990年代も成長を持続

ミドルウエア、開発支援ツールからネットワークなどを幅広く手がけ、バブル経済が崩壊した後の1990年代も、成長を持続した。

情報サービス子会社を設立

1998年12月には、情報サービス子会社を設立した。100%子会社のブレインマーケ(東京)だ。データベース(DB)とインターネットを利用した各種情報サービスを開始した。例えば、チラシなどの紙媒体をまずイメージデータで読み取り、次に「フラッシュピックス形式」の画像データとテキストデータに自動分割してから、ホームページ(HP)に掲載するというサービスを提供した。文書資料を用意するだけで情報掲載ができるため、顧客はこれまで制作に負荷が掛かっていた専用のデジタル画像やテキストデータの準備が不要となった。

また販売促進の支援サービス事業として、HP閲覧者のアクセスデータ集計、DB化、顧客情報分析、広告の電子メール定期配信などの業務を手がけた。

社名を変更

2000年2月、社名を「日本コンピュータ研究所」から「CIJ(シーアイジェイ)」に社名を変更した。

新社名の「CIJ」は、従前から略称として使用していた。社内だけでなくユーザーからも「CIJ」として浸透していた。社員に新社名のアンケートをとったところ、支持する答えが圧倒的に多かったという。海外でビジネスを展開するにも、社名は簡単なほうがいいとの判断だった。

株式上場(2001年)

ジャスダック店頭公開

2001年1月31日、ジャスダックに上場。株式公開(店頭登録)を果たした。

店頭公開に向けた準備は数年前から進めていた。まず第三者割当てによる資本金の大幅増資を実施。財務体質を強化した。管掌役員制度や事業部門の再編成も行った。さらに、子会社の整理などの改革も断行した。

このころには官公庁の大規模ネットワークも受注するようになっていた。 さらに、インターネット関連にも進出していた。セキュリティー技術の開発、携帯情報端末に対応する大容量メールサーバーの運営、ネット接続プロバイダー事業も手がけていた。

店頭登録時点の売上高構成

上場時点の売上高は57億円(2000年6月期)。内訳は以下の通りである。なお、従業員は580人だった。

事業内容 売上高の構成比
システム開発 71.2%
コンサルテーション及び調査研究 9.9%
システム/パッケージ・インテグレーション・サービス 8.9%
インターネット・サービス 1.9%
その他 7.9%

上場時点の株主構成

また、ジャスダック上場時点の株主構成は以下の通りである。社員持ち株会や歴代の経営幹部が主要株主になっていた。買収先の会社の創業者もいた。

<大株主>
株主名 持ち株比率
社員持株会 27.8%
中野正三(社長) 7.2%
川原平治(買収先の経営者) 6.4%
石浦八九郎 5.6%
大鹿正彦 (買収先の経営者) 4.8%

上場で7億円を調達

CIJは上場で7億円の資金を調達した。このうち5億円は支社、子会社のための事業資金に使用。残りは投資やM&A資金に割り当てるとした。

東証2部への昇格

2002年2月、ジャスダックから東証2部への昇格(上場)を果たした。

2部上場に際し、公募・売り出しは行わなかった。この時点でも主要顧客はNTTデータと日立製作所で、売上構成比の4割程度を占めていた。

2004年、東証1部に昇格

2004年には、東証1部に昇格した。

顧客基盤

上場時は、NTTデータと日立で半分

ジャスダック上場時点で売上高の約3割をNTTデータ向け、約2割を日立製作所向けが占め、安定した受注先を確保していた。つまり、NTTデータと日立製作所というITシステム業界の巨人2社で売上高の半分を占めていた。とりわけ大口顧客のNTTデータからNTTデータのソフトウエア製品開発部門における常駐企業のなかでトップクラスの技術力を持つと評価されていた。

東芝にも

さらに、富士通、サンマイクロ、ヒューレット・パッカードなどが安定顧客となっていた。NECやCTC、東芝グループなどへ食い込むようになっていた。

上場後は新規顧客を開拓

上場後は、開発能力に余裕が生まれた。このため、新規顧客からの開発依頼も積極的に受けるようになった。NTTデータと日立の比率は下がったが、今でも4割を占める。

<顧客別の売上高(上場時点)>
顧客企業 売上高比率
NTTデータ 約30%
日立製作所 約20%
その他 約20%

技術力に高い評価

CIJは長年にわたり、業界内で技術力に高い評価を得てきた。とりわけコンパイラ技術を核にしたシステム開発で有名だ。

コンパイラとは

コンパイラとは、プログラムをOS上で動作できるように変換するソフトウエアのこと。主に汎用機のプログラマーが作成するプログラムを、OS上で動作できるよう機械語に変換する役割を持つ。

品質

このコンパイラ技術を基盤にミドルウエアや業務用ソフトの開発を行ってきた。コンパイラ技術を持った技術者がソフトを開発すると、製品の品質が高まるという利点があるとされる。

希少価値が高い

例えばマイクロシステムズが開発したプログラム言語のjavaを起動するためには、言語を解析するロジック、性能を確保するための最適化技術を基礎としたコンパイラ技術が不可欠だ。ITの進歩に伴い需要が拡大した。日本国内でコンパイラ技術を有している会社はそう多くない。希少価値が高い。

海外進出と撤退

CIJは海外進出にも積極的に挑戦してきた。しかし、今のところ成功せずに終わっている。

アメリカ

1998年11月に米国法人(カリフォルニア州)を設立した。「CIJA」という会社名だ。これが海外進出の第1弾となった。

市場調査やパッケージ製品の輸入が主な目的だった。現地での最新技術が身につけば、米国でのビジネス展開の手がかりもつかめる、との発想だった。

しかし、米国進出は成功しなかった。撤退した。

中国

上海にあった既存の企業を1999年、買収した。三菱商事の上海現地ソフト会社である。この組織をベースに、1999年中国に子会社を設立した。現地法人として構えた。 日本で受注したシステムの開発が主目的。生産性の向上、開発コストの低減が狙いだった。将来的には中国市場を対象とするビジネスも進めるという戦略を立てた。

撤退

中国法人は、安価なオフショア開発の役目を担った。しかし、人件費が高騰し、採算がとれなくなった。このため、2014年に現地法人(上海)を清算し、撤退した。

CIJ歴代の社長

名前 バックグラウンド
横田耕一
中野正三 1998年9月就任
堀信一(ほり・しんいち)福岡県出身 2006年就任。NTTデータ出身(1968年NTT入社、2004年CIJに移籍)
大西重之 2014年就任。NTTデータ出身(1981年NTT入社)

 動画→
坂元昭彦 プロパー(1964年2月1日生、1988年5月入社)

CIJを成長させた立役者・中野正三社長

CIJを成長させた立役者が、中野正三(なかの・しょうぞう)・元社長だ。

中野氏は1969年に米国コム・スチュート日本法人に入社した。エンジニアとして働いた。コム・スチュート日本法人が、米国本社から分離して独立会社(現CIJ)になったことで、CIJ所属となった。つまり、CIJ設立当初からの社員である。

取締役、専務を経て、1998年9月に社長に就任した。社長時代は、株式の上場などを実現させた。また、多くのソフト会社を買収し、CIJグループの規模を拡大させた。

プロフィール・略歴

中野正三氏のプロフィール・略歴は以下の通り。

出来事
1946年(昭和21年) 高知県四万十市生まれ。
1969年(昭和44年) 大阪電気通信大学工学部電子工学科卒
1969年 米コム・スチュート(Com-Stute社)日本支社(日本コンピュータ研究所の前身)入社。
1976年(昭和51年) コム・スチュートが日本コンピュータ研究所(現CIJ)に切り替わる。そのまま在籍
1984年 取締役
1996年 専務
1998年(平成10年) 9月代表取締役社長に就任。
2001年(平成13年) ジャスダック市場に上場。
2002年(平成14年) 東証二部に上場。
2004年(平成16年) 東証一部に上場。
2006年(平成18年) 会長に就任
2013年(平成25年) CIJネクスト代表取締役に就任
2018年(平成30年) CIJ相談役を退任